津軽三味線の歴史 その1

スポンサーリンク

津軽三味線は「つがるしゃみせん」または「つがるじゃみせん」と読みます。 読んで字のごとくと言いますか、青森は津軽地方(現在の青森県弘前市周辺)で好まれた音楽です。 そもそも三味線は、中東で発祥し、いろいろな変化を遂げながらインドや中国を経て、諸説ありますが日本には最初に大阪の堺に入ってきたと言われています。 その堺から、南は沖縄へ、北は青森津軽地方へと、広がり江戸時代には日本独特の三味線となったそうです。 その後も日本各地の土着芸能と融合しながら様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となりました。 民謡を唄う際の伴奏として弾かれてきましたが、津軽地方では他の地域とは違う独特の成長を遂げました。 津軽三味線の楽曲の原型は、新潟地方の瞽女(ごぜ)の三味線と言われています。 その他、北前船によって日本海側各地の音楽が津軽に伝わり、津軽民謡は独特の発展を遂げてきました。 特に、津軽地方においてはボサマと言われる男性視覚障害者の門付け芸として長く蔑まれていたようです。 そのためか、津軽三味線の起源をたどることができる文献はあまりなく、歴史に関してはおおむねお年寄りの口伝に頼るしかありません。 そもそも津軽三味線自体の歴史がまだまだ浅いため、現在でも、古老の三味線奏者から、あくまで経験と主観的な立場からの、津軽三味線の流れや起源について聞くこともできる。(しかし年々それは難しくなっていきます)

津軽三味線メニューページへ

広告

津軽三味線の歴史 その1」への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。